一番汚れやすい升とは

近所の美大生が、即日でブローニーをプリントしてほしいと昼過ぎに電話をしてきました。了解して、待っていると、KODAKのNC3フィルムを持って、美大生が到着しました。


特に大きなカメラバッグを持っている訳では、なかったので、カメラは、どんなカメラで撮ったの?と尋ねたところ、ミノルタですという。じゃC330,C220?首を傾げ、これです。と見せてくれた。ミノルタのオートコードを見せてくれました。


お祖父ちゃんから、もらったそうだ。大事そうに、布にくるんでいた、しかし、はめ込みのUVがその時、はずれ指紋がつくように、触ったので、ガラス
の部分は触らない方が良いし、手油が付き、もやって、写ることを伝えた。


ネットでFLICKRとか見てるの?と尋ねると 初めて、フィルムを入れて撮ったという。仕上がり時刻を伝え、お引き取り願った。プリントしてみると、
撮影テーマがはっきりしていて、センスがある。


4年間存分に写真漬けになることを少しうらやましく思いました。一九さんの時にお声をかけお世話になったY先生の教え子だった。案の定というか?
朝顔の蔓とうすぼんやりとした空を撮った写真が一枚が何ともこの時期の梅雨空と知らずにUVを触って撮った もやって写った物にひかれて、4枚焼き
直しをしてしまった。


デジタルか銀塩か?と言う過渡期のなやましい問題も、若い学生にとって問題ではないらしい。 しかし、それが仕事となるといささか趣が違う。
デジタルが席巻し、しかも、フィルムメーカーである富士フィルムは、このように、プリント袋でも、フィルムをデジタル変換した物を銀写真という
呼び方を、銀塩写真と区別して使っている。



就活の証明写真のお客さんがこちらの証明写真は、ギンシオ写真の方が画質が良いんですよね。サイトで見ました。と言われ、笑う訳にもいかず
そうですね。と答えてしまった。近所の国立大学の学生さんです。
4UP(ワレット)の4個レンズが付いていて一コマのフィルムから、4枚の証明写真を作り出す方法なのだが、今は中断してしまっています。



只、一九さんから23型に機材を変えてもうちのこだわりとして飽くまでも、銀塩写真であり、170年の写真の歴史のプロトタイプの延長上にあるという事です。

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残念ながら、そこを社長が替わろうが、敢えてなのか、アバウトなのかは知りませんが、写真の制作現場のメーカーが、きちんとした表現をしていない。
先月のショウのDMの表現でもそうなのだ。
K社も表現が曖昧で曖昧なまま突っ走ろうとでも考えているのだろうか? デジタルプロセッサーでフィルムスキャナー
を別売して銀塩写真と銀写真がこれほどまでに、手数が違うのは、承知の上で、あえて、銀塩写真という定義を使ったまま写真業界をリードしようという
狙いを感じるのは、私だけではないだろう。2000年以降、業界団体はミニラボ銀塩写真プロセッサーは製造してないと思う。

銀塩写真好きでポジフィルムから紙焼きしますと、デジタルプリントに変換されたデジタルプリントになります。

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フィルムにハロゲンランプで光を当て、印画紙に露光します。次にCDという現像液の升のプロセスを通過させます。次にBLの升で、現像液を落とし、
脱銀のプロセスを完了します。銀を含んだ処理液は加工業者がリサイクルで銀を取り出し、無害化して、処理します。その工程を、マニュフェストと
して、5年間管理する義務を負っています。プロセスに話しを戻しますと、その後は、薬品を加えた水洗作業になる訳ですが、この3番目の升が一番
汚れるんです。

35度の水温管理をする為に底にあるのがヒーターです。この升は塩化ビニールで出来ていますが、たまたま、あたりが悪かったのか、2番の重圧で3
番側にたわみがきています。赤い物は、水線のレベルになります。右側と比べますと左側のヒーターが歪んで見えます。

汚れるのは仕方がありません。只掃除をするのみです。この兄さんだって、これまで14年間がんばってきたのですから、